3Dプリンタに関する技術開発が進められることで高精度かつ複雑な造形が可能になり、これまで活用の機会が十分になかった技術の活用範囲拡大に繋がっています。例えば、構造が複雑なテスラバルブは、高精度な3Dプリンタで製造に関する課題が解消されるでしょう。その結果、新たな用途での活用が期待されています。
この記事では、テスラバルブの特徴に加えて、3Dプリンタによる造形例を紹介します。
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テスラバルブとは
Quynh M. Nguyen, Joanna Abouezzi, Leif Ristroph, CC BY 4.0
この画像は、クリエイティブ・コモンズ(CC BY 4.0)とパブリックドメインのもと使用されています
テスラバルブは、西暦1800年代後半から1900年代中盤にかけて活躍した天才発明家である二コラ・テスラが発明しました。一般的な逆止弁のように物理的に流路を塞ぐ機構を持たずに、流体を一方方向に選択的に流す装置です。現在もマイクロ流体の分野など、さまざまな領域でテスラバルブの活用に関する研究が行われています。
テスラバルブを開発したニコラ・テスラは、現在も使われているさまざまなものを開発しています。例えば、磁束密度の単位であるテスラは、ニコラ・テスラの名前から取られています。また、テスラタービンやテスラコイルなどもニコラ・テスラが開発したものです。交流の考え方は、ニコラ・テスラが開発しました。
電気以外では、近年注目が集まっている垂直離着陸機(空飛ぶ車)の最初期は、ニコラ・テスラが特許を取得したフリーバーという空中輸送装置といわれています。
さまざまなバルブ
油圧を制御するバルブは、以下のように分類されます。
圧力制御弁 | リリーフ弁など、圧力を調整するバルブ |
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流量制御弁 | 絞り弁や流量調整弁など、流量を調整するバルブ |
方向制御弁 | 切替弁や逆止弁など、油の流れる方向を制御するバルブ |
この中で、テスラバルブが分類される逆止弁には、以下のような種類があります。テスラバルブは一般的に用いられていないため、以下で紹介する逆止弁を用途に応じて使い分けています。
スイング式 | 蝶番がついた弁体を使用し流体の流れによって開閉する |
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リフト式 | 流体の圧力によって、弁体を上下に移動させ開閉する |
ウェハ式 | ウェハ状の薄い形状で、バルブの開閉部がディスクやプレートで構成 |
ボール式 | ゴム製のボールが弁となり、流体の方向によって開閉する |
テスラバルブの特徴
テスラバルブは、以下のような特徴を持ちます。
流れの方向を制御できる
テスラバルブは、水滴状(涙滴状)の流路が鎖のように連なった構造です。順方向(水滴の円弧部から水滴の頂点に向かう方向)に流体を流す場合には、抵抗が生じずにスムーズに流れます。
一方で、逆方向(水滴の頂点から水滴の円弧部に向かう方向)に流す場合には水滴の頂点部分で流路が分かれ、その後合流するような形です。頂点で分岐した流れはそれぞれの流れを阻害するように合流するため、合流点で乱流が生じます。その結果、流れを阻害するように抵抗が生じるため、スムーズに流体が流れていきません。
このようなメカニズムによって、テスラバルブでは流れの方向を制御することが可能です。
耐久性が高い
テスラバルブは、上記で紹介した他の逆止弁とは異なり、流れを止める際に稼働する機構を持ちません。バルブの故障は可動部で生じることが多いため、テスラバルブの場合には可動部がないことで耐久性が高く、メンテナンスフリーを実現できる可能性がある装置として注目されています。
一方で、逆方向に流れる際に乱流が生じる部分では、他の部分よりも大きな負荷が生じる可能性があるため、本体へのダメージに注意が必要です。
形状が複雑で加工が難しい
テスラバルブを採用する際のもっとも大きなデメリットは、形状が複雑で加工が難しい点ではないでしょうか?水滴状のループを鎖状に連ねるような構造は、複雑であり一体加工も組立ても難しいです。また、他の逆止弁と比べて鎖状に連ねる分、流体を流す方向に長さが必要です。
スペースに余裕がない場合には全体を小さくする必要があるため、より一層難しい加工を行わなければなりません。
完全な逆流防止は難しい
テスラバルブを含む逆止弁の役割は、流体の逆流を完全に防止することです。しかし、テスラバルブは上記のように、流路を塞ぐことで逆流の防止を実現しているわけではありませんので、完全な逆流防止はできません。
例えば、流速が小さい場合には合流部での乱流が発生しないため、テスラバルブを逆止弁として活用することは困難です。一定以上の流速が生じる場合のみ乱流が発生し、逆流を抑制し逆止弁として機能するという特徴があります。(ただし、乱流はかなり低速の流速から発生するため、逆流を抑制する機能は強いといえます。)
テスラバルブを採用する場合には、完全な逆流防止が難しいということを把握しておく必要があります。
テスラバルブの用途
テスラバルブはこれまで、上記のように加工上の課題や完全な逆流防止が難しいことから活用が難しく、産業用途では明確な活用方法が確立されていませんでした。しかし、近年はマイクロ流体や熱管理などの用途での活用が研究されています。例えば、東京大学では流体力学に関するテスラバルブの概念を個体熱伝導に拡張し、熱整流効果の実現に成功しました。
現時点では明確な作業用途での活用が行われていないテスラバルブですが、1920年の開発から100年以上経過して、電子機器の熱管理など新たな用途への活用が検討されています。
複雑なテスラバルブの一体成形が可能に
テスラバルブの用途開発と並行して、複雑なテスラバルブの製造・加工に関する技術開発も進められています。近年、3Dプリンタの技術開発が進められることで、テスラバルブのような複雑な形状でも高精度での一体造形が実現できるようになっています。
特に、マイクロ流体の研究で用いられるテスラバルブは複雑な形状を微小サイズで実現する必要があり、製造精度の影響を大きく受けてしまうため高い精度での加工が必要不可欠です。
3Dプリンタを用いた一体造形では、さまざまな材料を用いて高精度な造形が可能であるため、マイクロ流体の研究にも活用できる高精度のテスラバルブを造形できます。製造に関する課題を解決することでテスラバルブの活用機会が広がり、新たな技術開発や適用対象の拡大が期待できるでしょう。
BMFの高精度3Dプリンタによるテスラバルブ構造の造形例
BMFでは、3Dプリンタの実用化が進むなか、PµSL(Projection Micro-Stereolithography)と呼ばれる、独自の光造形技術を開発。PµSL技術は、高い精度が求められるテスラバルブの造形ニーズに応えています。
BMFの超高解像度3Dプリンタによる、テスラバルブ構造の造形例をご紹介します。
緑内障ドレナージ装置
BMFでは、北京同仁病院(中国)と提携し、経角膜経路一方向性房水ドレナージ装置を共同開発しました。この装置は、超高解像度3Dプリンタで造形され、内部に微細なテスラバルブ構造を採用しています。
最小流路の直径は30μmまで実現され、房水の逆流を防止するテスラバルブ構造を備えています。さらに、方向性ドレナージ、逆流防止、術後低眼圧防止などの機能を実現可能です。
また、最適化された全体的な構造設計により、従来30~40分かかる手術時間を3~5分に短縮することが可能です。12名の失明患者を対象としたトライアルでは、良好な結果が得られ、明らかな合併症が見られませんでした。
この装置は、手術期の眼圧制御が優れており、緑内障の治療において成果を上げています。
画像引用:BMFの3Dプリンターによって製造された新型緑内障ドレナージ装置(サイズ:3.3*1.7*0.25mm)と緑内障患者の眼球に留置した様子
テスラバルブとは?まとめ
今回は、テスラバルブの特徴や3Dプリンタによる造形例を紹介しました。テスラバルブは複雑な形状であり、逆止弁としてもメカ的に経路が遮断されるわけではないため、用途が限定されています。一方で、耐久性など大きなメリットもあるため、活用範囲の拡大が期待されます。
高精度な3Dプリンタによってテスラバルブの製造に関する課題が解消されれば、さらなる用途拡大が期待できるでしょう。