【目次】
- 1. バイオミメティクス(生物模倣)とは?
- 2. バイオミメティクスの歴史
- 3. バイオミメティクスの可能性
- 4. 工業分野におけるバイオミメティクスの活用
- 5. BMFの高精度3Dプリンタによるバイオミメティクスの例
- 6. バイオミメティクス(生物模倣)とは?まとめ
工学技術の開発における指針の一つが、バイオミメティクス(生物模倣)です。自然環境における植物や動物、昆虫などを参考にして開発された技術にはさまざまなものがあり、我々の生活を豊かにしてくれています。
この記事では、バイオミメティクスの概要や歴史、具体的な製品開発への活用。また、バイオミメティクスの実現に欠かせない3Dプリンタの活用事例などについて解説します。
1. バイオミメティクス(生物模倣)とは?
バイオミメティクス(Biomimetics)とは、「生命・生活」という意味を持つBioと「模倣」という意味を持つmimeticsを組み合わせた造語です。学術的な定義としては、「自然界の構造や機能、戦略を理解し、それを模倣すること。また、その結果新しい材料や機械、システム、プロセスを設計・開発する学際的な研究分野」とされています。
バイオミメティクスによる模倣は、構造的模倣と機能的模倣の両方を含みます。鳥の翼やクモの糸の模倣は形状の模倣や構造の模倣に分類され、シロアリの巣などはシステムの模倣の一つです。また、プロセスの模倣としては、光合成が挙げられます。このように、バイオミメティクスには、さまざまな種類の模倣が含まれています。
バイオミメティクスに似た単語として、バイオミミクリ(Biomimicry)やバイオインスピレーション(Bioinspiration)があります。バイオミメティクスが科学・工学よりの模倣であることに対して、バイオミミクリは環境調和的・倫理的な模倣という意味合いです。また、バイオインスピレーションは、厳密な模倣ではなく、あくまで発想源としての自然利用に留まるという意味を持ちます。
2. バイオミメティクスの歴史
人類は、バイオミメティクスという言葉が生まれる前から自然界の模倣をすることで新たな技術を生み出してきました。例えば、古代ギリシャや中国では、鳥や魚、昆虫の動きや構造を参考に、さまざまな器具や武具が生み出されました。また、レオナルドダヴィンチが鳥類やコウモリの翼を詳細にスケッチし、自作の飛行機械を設計していたことは有名な話です。
生物の仕組みを合理的なデザインとしてとらえる工学的な視点が育ったのは18~19世紀頃の近代です。生物分類学の父とよばれるカール・リンネが生物の構造を系統的に理解する枠組みを構築したことで、生物の機能的合理性に注目が集まりました。また、チャールズ・ダーウィンが進化論を発表したことで、生物の仕組みに注目が集まりました。
最初にバイオミメティクスという言葉を使いだしたのは、オットー・シュミットといわれています。生体神経の信号伝達を模倣したシュミット・トリガー回路を開発したことから1950年代に「バイオミメティクス」という言葉を考案しました。その後、1960~70年代に生物学と機械工学、材料科学、医療分野などが連携し始め、イルカの皮膚構造の活用や昆虫の複眼を実際に製品に応用する事例が出てきました。
現代は、製造・加工技術の進化に加えて、持続可能な開発やグリーンテクノロジーとの親和性から、バイオミメティクスの研究・開発に関する取り組みが加速しています。
3. バイオミメティクスの可能性
バイオミメティクスという単語が生まれてから100年にも満たない新しい単語ですが、実際にはその歴史は古代にまでさかのぼります。自然界は環境と調和して最適化されたシステムが豊富に存在しており、古代から用いられてきたバイオミメティクスの考えは自然の知恵を借りる重要な技術です。これらの技術を活用することで、現代の課題を解決できる可能性があります。
例えば、環境・エネルギー問題。また、次世代材料の開発や医療・バイオテクノロジー分野での応用も期待されています。他には、ロボティクスや自律システムの開発に加え、社会とデザインへの大きなインパクトも期待できます。現在は、SDGsやカーボンニュートラルという環境・循環型社会に関する取り組みが重要になっており、この分野においてもバイオミメティクスによる技術開発が重要になるでしょう。
4. 工業分野におけるバイオミメティクスの活用
工業分野では、幅広い業種でバイオミメティクスが活用されています。
今回は工業分野における具体的な3つの事例を紹介します。
航空・自動車:鳥の翼の形状
鳥の翼は飛行に最適化された形状に進化しており、揚力を生み出し空気抵抗を最小限に抑えます。また、飛行中に翼の先端を軽く上向きに曲げるウィングレット構造によって、翼端渦を低減し、揚力効率を高めることが可能です。また、フクロウなどの静音飛行をする鳥の翼は、風切音を低減するような構造になっています。
これらの特徴から、航空機の多くはウィングレット構造を採用しており、燃費改善や空力効率向上を実現しています。また、自動車は空気抵抗を抑えるために、鳥が飛行する際の体勢を研究して設計に反映しており、今後に向けては無人航空機やドローンに向けた柔軟に変形する翼などが研究中です。
表面加工:ハスの葉
ハスの葉は、表面にナノ~ミクロサイズの凹凸構造を持ち、さらに蝋質の撥水成分でコーティングされています。その結果、ハスの葉に乗った水滴は接触角が大きくなるため、転がりながら汚れを巻き取って落ちていきます。これは、ロータス効果とよばれる現象です。
ハスの葉が持つこのような特徴は、撥水コーティング剤の参考にされています。例えば、建材や衣類、スマートフォンなどの表面に撥水機能を与えることで、防汚・防水性能を向上させることが可能です。また、医療機器や電子機器にも採用されている技術です。
センサー:ネコのヒゲ
ネコのヒゲには、毛根部に高密度な感覚神経が分布しており、空気の流れや障害物の検知を行っています。その結果、目で見えていない場所でも空間の認識が可能です。この特徴を利用して、ロボットやドローンに搭載され障害回避や空間認識に使用されるセンサーに応用されています。
また、外科手術支援ロボットの触覚フィードバックや災害時の暗闇や煙の中でも周囲の空間を把握するためのセンサに活用されています。
5. BMFの高精度3Dプリンタによるバイオミメティクスの例
BMFでは、3Dプリンタの実用化が進むなか、PµSL(Projection Micro-Stereolithography)と呼ばれる、独自の光造形技術を開発。研究開発段階においては、3Dプリンタを用いることで設計→試作→評価のサイクルを高速で回すことも可能です。
BMFの超高解像度3Dプリンタによる、バイオミメティクスの造形例をご紹介します。
ウェアラブル電極への応用例
BMFの高精度3Dプリンタを用い、アマガエルの足指に見られる微細構造を模倣したフレキシブル電極を造形。透水性・透気性・接着性・耐久性を兼ね備えた構造により、長期間にわたり安定した装着性と快適な使用感が得られます。
無数の毛状突起による粘着力と滑り止め機能の両立は、従来の成形手法では再現が難しい構造であり、3Dプリンタによる微細加工技術がその実現を可能にしています。医療やウェアラブル機器への展開が期待されています。
高機能コーティングの造形例
魚の皮膚に着想を得た防汚・抗菌性のあるハイドロゲルコーティングを、高精度3Dプリンタで造形。滑らかな動きに寄与する粘液層やスケール構造、柔軟で破れにくいハイドロゲルと鱗状構造の複合機能を再現します。
含水性が高く柔らかい素材や、微細なパターンの積層には高度な造形技術が求められますが、3Dプリンタによる積層技術により、生体模倣構造の実用化が進んでいます。
視覚センサーの造形例
BMFの精密3Dプリンタを活用し、昆虫や甲殻類に見られる複眼構造を人工的に再現。10~50μmの小眼を高密度に半球状に配置することで、広い視野角と高い時間分解能を備えた視覚センサーの構築が可能になります。
個々の小眼の曲率・配列・向きを細かく調整できるのも3Dプリンタの特長であり、ドローン、医療用カメラ、ロボット視覚などへの応用が期待されています。
マイクロキノコ構造による超撥水表面の造形例
BMFの高精度3Dプリンタを用いて、傾斜したマイクロキノコ構造のバイオニック超撥水表面を造形。自然界のハスの葉や蝶の羽に着想を得た設計により、接触角168°の高い撥水性能を実現しています。
キノコの直径や傾斜角度、配置パターンを調整することで、水滴の跳ね返り方向や距離を制御することができ、自己洗浄やエネルギー回収などへの応用が期待されています。
液体の方向制御を可能にするバイオニック構造の造形例
BMFの精密3Dプリンタを活用し、ナンヨウスギの葉の構造を模倣した3Dキャピラリーラチェット表面を造形。この表面では、液体の表面張力の違いによって移動方向が変化することが確認されました。
エタノールと水といった性質の異なる液体が、それぞれ異なる方向へ自然に移動する現象を利用し、マイクロフルイディクスや液体搬送技術などへの応用が進められています。
6. バイオミメティクス(生物模倣)とは?まとめ
長い年月をかけて最適化されてきた自然界を模倣することで、高精度・高性能な製品やプロセスの開発に繋げることが可能です。しかし、複雑な形状や微細な造形が必要な場合が多く、機械加工や射出成形などではうまく実現することができませんでした。
高精度な3Dプリンタの開発により複雑な造形が可能になったため、今後もバイオミメティクスに関する研究は継続的に進められていくでしょう。