創薬やヘルスケアの分野を中心に、マイクロ流体の特性を利用した「マイクロ流体デバイス」の活用が広がっています。マイクロ流体デバイスの製作では、微小な流路を形成するため、高い精度の加工法が求められます。
この記事では、マイクロ流体デバイスの特長や用途、3Dプリンタによる加工の優位性について解説します。
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マイクロ流体とは
マイクロ流体とは、ミクロンレベルのとても小さな流路の流れをさします。マイクロ流体は、一般的にイメージする水の流れとは、挙動や性質が異なることが多く、「マイクロ流体力学」とよばれる分野で研究が進められています。
マイクロ流体においてもっとも特徴的なのは、「レイノルズ数」が小さいことです。レイノルズ数は、流体の速度や流体の粘度、流体が流れる管の直径や幅などによって決まります。
流体は、レイノルズ数の大小で「乱流」と「層流」に分類することができます。レイノルズ数が小さい場合は層流とよばれ、層を形成して流れるため流れの予測が可能で安定しています。一方でレイノルズ数が大きい場合は「乱流」とよばれ、不規則で予測が困難です。
マイクロ流体デバイスについて
マイクロ流体デバイスは、ガラスや樹脂、シリコンなどの材料でできた基盤に、マイクロ流体力学が適用できる微小な流路を形成した装置です。マイクロ流体デバイスでは「層流」が形成されるため、流体の挙動が予測しやすく、その特長を生かしたさまざまな試験に活用されています。
例えば、マイクロ流体デバイスでは、層流の特長を生かして流体同士の化学反応を均一に行うことが可能です。また、層流では加熱・冷却された場合の温度変化が均一に行われるため、化学反応や生物学的な実験の条件を調整しやすくなります。
デバイス自体が小さいことから、通常の流体デバイスを使用する場合と比較して実験を行う際に必要な試薬が少量ですむ点も、マイクロ流体デバイスを活用するメリットです。特に、希少性が高い試薬や高価な試薬を用いる試験では、コストを抑えたり、試行回数を増やしたりすることができます。このように、マイクロ流体デバイスを活用することで大きなメリットが得られるため、近年はさまざまな業界で活用が進められています。
マイクロ流体デバイスの用途
マイクロ流体デバイスは、以下のような用途で活用されています。
創薬・化学合成
創薬や化学合成の分野では、試薬の混合を厳密な条件で混合させ、反応させる必要があります。
マイクロ流体デバイスを活用することで、希少な材料の使用量を最低限に抑えつつ、高い精度での反応を行うことができ、新たな薬品の開発や触媒の研究などに活用されています。
医療・生命科学
医療や遺伝子解析においては、血液や生体試料を分析する必要があります。
マイクロ流体デバイスを用いることで、高い精度での分析を実現し、医療診断や細胞分析などにも適用できます。
機械・自動車
エンジンにおける燃料噴射や冷却システム、センサーなどの開発においては、マイクロ流体デバイスによる基礎技術の研究が行われています。
環境・エネルギー
環境面では、水質の分析や微生物の検出、またエネルギーの変換に、マイクロ流体デバイスが活用されています。
マイクロ流体デバイスの市場動向
マイクロ流体デバイスの市場は、今後数年で大きく拡大することが予想されています。
市場が拡大していくきっかけのひとつが、COVID-19の世界的な感染拡大です。COVID-19は急速に感染拡大し、世界中に大きな影響を与えたことから、可能な限り早期に検査を行うことの必要性が広く認識されました。
また、COVID-19は慢性的な疾患を持つ人ほど重症化する傾向があるため、慢性疾患に関して日常的に確認し対策を取ることが重要視されるようになっています。そのためには、ヘルスケアに関するデバイスの携帯性を向上させ、分析時間を短縮させることが重要です。
これらの技術開発を進めるためには、マイクロ流体デバイスが必要不可欠です。ヘルスケアに関するデバイスが広い市場に普及するとともに、マイクロ流体デバイスの市場は拡大し続けていくでしょう。
マイクロ流体デバイスに使われる材料と製作方法
マイクロ流体デバイスは主に、ガラスやPDMS、樹脂が代表的な材料として知られています。
それぞれの材料を使用するメリットやデメリット、加工方法を紹介します。
ガラスによるマイクロ流体デバイス
ガラスは、高い耐熱性や透明性、高い精度が大きな特徴です。
高温になる化学反応を行う場合には、耐熱性の高いガラス製のマイクロ流体デバイスを活用するといいでしょう。また、ガラスは他の試薬や溶液と反応がしにくいため、幅広い種類の試薬を用いた実験や分析に向いています。
一方で、ガラスは脆い材料であることから割れやすく、高コストである点がデメリットです。
ガラスを材料に流体デバイスを製作する際の加工法として、ガラスエッチングが代表的です。ガラスエッチングは、エッチング液を表面に塗布し化学反応をさせる湿式エッチングと、イオンビームやプラズマを生じて削り取るドライエッチングに分類されます。
PDMSによるマイクロ流体デバイス
PDMS(ポリジメチルシロキサン)はシリコンの一種です。
高い柔軟性を持つため、PDMSによるマイクロ流体デバイスは変形や破損に強く、比較的低コストで製造できるというメリットがあります。また、高い透明性があることから、光学的な確認が必要な実験に向いている材料です。
一方で、PDMSは一部の有機溶媒や気体を透過させる特長を持つため、試薬の種類によっては採用できない場合があります。また、水やホルムアルデヒドなどを吸着しやすいため、実験結果に影響がないか注意が必要です。
PDMSによるマイクロ流体デバイスは、主にフォトリソグラフィの技術で開発を行います。フォトリソグラフィとは、基盤となる材料の一部をマスクし残りの部分に光を当てることで、パターンを形成する方法です。加工精度が高いため、半導体やマイクロ流体デバイスなどの精密な加工が必要な場合に多く採用されています。
樹脂によるマイクロ流体デバイス
樹脂によるマイクロ流体デバイスは、低コストと高い柔軟性を持ったデバイスである点が大きなメリットです。
一方で、用途によってはガラスなどに比べると強度が十分ではないため、長期間の使用には適さない場合があります。また、一部のガスや溶液を透過させてしまう可能性があるため、注意が必要です。
樹脂の加工法としては、射出成形がイメージしやすいでしょう。金型の製作は必要ですが、大量生産の場合には、低コストで製造できます。
マイクロ流体デバイス製作における3Dプリンタの優位性
低コストで扱いが容易な樹脂製のマイクロ流体デバイスは、一般的に射出成形で加工されています。
しかし、マイクロ流体デバイスは同一形状のものを大量生産する機会は多くないため、金型作成に必要な費用や期間が大きなネックとなります。また、必要十分な精度を実現できない場合もあるでしょう。
そこで注目されているのが、3Dプリンタの活用です。
近年、樹脂を加工する際の一般的な加工法になりつつある3Dプリンタを活用すれば、ひとつあたりの製造時間は射出成形に劣るものの、金型が不要なためその期間やコストを低減しつつ、高精度な加工が可能です。
これらの特長から、マイクロ流体デバイスを製作する際には、3Dプリンタの採用が効果的です。
BMFの超高解像度3Dプリンタであれば、独自の光造形技術「PµSL」によって、ミクロンオーダーのマイクロ流体デバイスの製作が実現します。
マイクロ流体の造形の事例
BMFの超高解像度3Dプリンタによる、マイクロ流体デバイスの製作事例をご紹介します。
遺伝子シーケンサーバルブプレート
DNAシーケンス解析などに使われる、バルブプレートです。
生体材料(バイオマテリアル)を使い、最小パイプ径0.2mmの三次元構造を造形することができます。
血液冷却レギュレーター
血液冷却によって体温を下げるために使われる、医療用のレギュレーターです。
耐高温材料を使い、正弦波形状の複雑なパイプを一体成型で造形することができます。
流体コネクタ
各種の流体実験や創薬に使われる、マイクロ流体チップです。
生体材料(バイオマテリアル)を使い、内部空洞が含まれる複雑な形状を組立不要で造形することができます。
オルガノイドモデル
オルガノイドとは、新薬開発やバイオバンク、癌の精密診療、再生医療などに使われる3次構造の培養細胞です。従来のオルガノイドモデルは、体積が限られており、完全な臓器組織を生成することができませんでした。
超高解像度3Dプリンタで細胞培養チップを造形することで、より大きく複雑な臓器組織を生成することができます。
(動画では、栄養を運ぶためのφ80μmの血管をシュミレートしています)
マイクロ流体デバイスにおける3Dプリンター活用例まとめ
マイクロ流体デバイスは、一般的な流体力学とは異なるマイクロ流体力学の特長を活かして、さまざまな分野で活用が進んでいます。COVID-19の影響により、ヘルスケア・創薬業界を中心に、今後も活用は拡大していくでしょう。
基盤となる材料別に適切な加工法は異なりますが、特に樹脂を材料とする場合には、複雑な形状を高精度で実現でき、金型の準備が不要な3Dプリンタの採用が効果的です。