マイクロニードル(Microneedles,MN)は、微細な針状構造体からなる微小デバイスで、通常、複数のミクロンサイズの極小チップからなるアレイパッチです。その長さや形状は用途に応じて自由にカスタマイズできます。マイクロニードルは、新しい物理的な透過促進技術として生物医学分野で注目されており、薬物輸送、皮膚や内臓のセンシング、組織サンプリングなどに利用されています。さらには体液の抽出やスマートデバイスとの統合により、精密な治療やモニタリングを実現することが可能です。現在、マイクロニードルは一般にシリコン、金属、ポリマーなどの材料で作られており、従来の微小電気機械システム(MEMS)プロセスや新しい加工技術によって作製されています。
3Dプリント技術は比較的新しい技術で、設計の自由度、精密な製造、カスタマイズ生産、材料の多様性、そして一体成型が可能という特長があります。この技術により、複雑な形状を持つポリマーやセラミック製のマイクロニードルを製造でき、治療目的に応じた個別のデザインも可能です。マイクロ3次元リソグラフィ技術(Projection Micro Stereolithography, PμSL)は、一般的な光造形(DLP方式)と同様に、紫外線照射により樹脂を硬化させる3Dプリント技術です。特に、マイクロスケールの三次元微細構造の製作に適しており、高解像度・高精度、「0.01mm-100mm」領域のクロススケール加工、幅広い素材への対応、高い加工効率、低コストといった利点を備えています。PμSL技術は、様々な形状のマイクロニードルアレイや金型の製造に柔軟に対応可能です。以下に、PμSL技術を用いたマイクロニードル製作に関する研究成果をいくつかご紹介いたします。
01 細胞内薬物送達を強化するためのマルチマイクロチャンネル・マイクロニードル・マイクロポレーションプラットフォーム
化学療法薬の投与経路は通常、全身投与が行われますが、抗がん剤投与量と全身毒性とのバランスに課題があり、局所投与の効率にも限界があります。全身投与と比較して、局所投与は薬物を直接標的細胞に届けたり、薬物の細胞内蓄積を改善することができますが、腫瘍内での効率的な薬物送達や細胞内への移行においては効果が十分とは言えません。また、薬物の受動的拡散だけに頼ると、腫瘍細胞内の薬物濃度が低くなり、がん細胞を十分に殺傷できないことが課題です。これに対して、Lingqian Changチームは、細胞内への薬物送達を強化するために、高効率・安全・均一なマルチマイクロチャンネルを備えたマイクロニードル・マイクロポーラス・(4M)プラットフォームを設計しました。
まず、HTL yellow-5 樹脂を原料として、BMFの高精度の 3DプリンターmicroArch S130(光学解像度:2µm)を利用し、直径8mm、底部の直径が300μm、高さが500μmの4Mプラットフォームを作製しました。このマイクロニードルには、各々直径40μmの貫通孔が8つ設けられています。マイクロニードル内のマイクロチャンネルを通じて「電気泳動」効果により薬物の組織深部への侵入が促進され、低圧かつ安全な条件下で局所細胞膜に浸透し、細胞内の薬物送達が強化されます。ドキソルビシン(doxorubicin, DOX)の体外および体内実験において、受動拡散(passive diffusion, PD)および局所電気化学療法(electrochemotherapy, ECT)と比較して、4Mプラットフォームを使用した投与は腫瘍への薬物送達効率と安全性を向上させ、従来の化学療法で見られる全身毒性を大幅に低減しました。このプラットフォームは、化学療法薬や新しい薬剤に広く適用可能な汎用的な細胞内局所投与ツールとして、幅広い応用が期待されています。
本研究成果は、「Multimicrochannel Microneedle Microporation Platform for Enhanced Intracellular Drug Delivery」というタイトルでAdvanced Functional Materials誌に掲載されました。
02 マイクロニードル機械療法による瘢痕組織の緩和
肥厚性瘢痕(Hypertrophic Scars, HS)は、異常な硬さ、腫脹、引っ張り強度の低下や色素沈着を特徴とする病的な瘢痕であり、患者に機能障害や情緒不安、抑うつなどの症状を引き起こすことがあります。このため、肥厚性瘢痕の予防と治療は、外傷後の重要な課題となっています。
Gaoxing Luoらは、局所の機械的ストレスを調節して瘢痕の病的特性を改善する、マイクロニードルを用いた新しい機械療法戦略を提案しました。この研究では、瘢痕治療効果におけるマイクロニードルのアレイ密度や三次元構造の影響に着目しています。
まず、BMFの高精度3Dプリンター microArch S140(光学解像度:10µm) を用いて、異なるアレイ密度と針の深さを持つマイクロニードルアレイの3次元モデルを作製しました。生体適合性のあるセリシンタンパク質を基材とし、PDMSの2回反転成形プロセスで対応する仕様のマイクロニードルパッチを製造しました。その後、マイクロニードルを用いて物理的に線維芽細胞(fibroblasts)と細胞外マトリックス(extracellular matrix,ECM)の間の機械的相互作用を直接調整し、線維芽細胞の機械的ストレス反応を低減、また線維化に関与する細胞因子とタンパク質の発現レベルを下げることで瘢痕の増殖を抑制しました。
動物実験の結果により、薬物を含まないマイクロニードルパッチが物理的な介入のみで肥厚性瘢痕を抑制できることが確認され、組織の厚みに応じた密度15×15/cm²のアレイが最も良好な効果を示しました。この方法は、他の透皮的な微細針療法とは異なり、低コストかつ効果的な瘢痕治療の新たな選択肢として期待されています。
本研究成果は「Down-Regulating Scar Formation by Microneedles Directly via a Mechanical Communication Pathway」というタイトルでACS Nano誌に掲載されました。
03 がん免疫療法のための免疫調節剤を組み込んだ溶解可能なセルフロックマイクロニードルパッチ
マイクロニードルによる正確な経皮薬物投与は、臨床応用において極めて重要な役割を担っていますが、従来のマイクロミル加工技術では円錐形やピラミッド形の構造に限られ、薬物の送達精度が限られています。これらの制約を克服するために、Yong-Hee KimらはBMFのマイクロ3次元リソグラフィ技術を用いて、SD208(腫瘍の増殖と転移を阻害するTGF-β阻害剤)とanti-PD-L1(T細胞を介する腫瘍細胞の死亡を誘導する免疫チェックポイント阻害剤であるαPD-L1Ab)を組み込んだセルフロックマイクロニードルを開発しました。このセルフロックマイクロニードルは、皮膚組織への正確な挿入、接着、および経皮微量薬物送達を実現します。
セルフロックマイクロニードルは、鋭利な先端と幅広い基部の幾何学構造を持ち、BMFの3DプリンターmicroArch S140(光学解像度:10µm)を用いて、HTL樹脂でマスターモデルを作製し、次にマスターモールドからPDMSモールドを裏返して作製し、溶液キャスト法によりPDMSモールドに(αPD-L1Ab)/SD-208を含むヒアルロン酸(HA)溶液を流し込んで可溶性マイクロニードルを作製しました。メラノーママウスモデルの実験結果により、αPD-L1Ab/SD208薬物を含むセルフロックマイクロニードルパッチを腫瘍部位に貼付することにより、マイクロドーズを正確に送達することができ、腫瘍内注射と比較して、抗腫瘍効果が顕著に向上されることが示されます。また、このセルフロックマイクロニードルパッチは、ステージI~Ⅲ期のメラノーマ患者に対して、効果的で低侵襲かつ患者に優しい免疫療法の選択肢を提供することが期待されています。さらに、セルフロックマイクロニードルの低侵襲性、調製の簡便性、経済的な量産性、そして高い微量薬物送達精度は、従来のマイクロニードル、経口投与、皮下注射に代わる新たな薬物投与プラットフォームとしての大きなな可能性を示しています。
本研究成果は「Dissolvable Self-Locking Microneedle Patches Integrated with Immunomodulators for Cancer Immunotherapy」というタイトルで、Advanced Materialsに掲載されました。
04 マイクロ粒子を用いた溶解型マイクロニードルパッチによる長期的な毛髪再生治療
脱毛症は多くの人にとって悩ましい問題であり、薬物、外傷、ストレス、自己免疫疾患などの生理的または病理的要因が原因となることが一般的です。その中でも男性型脱毛症(AGA)は最も一般的で、通常、植毛技術、ミノキシジル外用薬、フィナステリド内服薬で治療されますが、費用の高さ、薬物吸収効率の低さ、副作用の問題から、新たなAGA治療法の開発が求められています。これに対して、黎威(Wei Li)チームは、ミノキシジル(minoxidil ,MXD)をPLGAマイクロスフェアに充填し、水溶性マイクロニードル(MN)と組み合わせることで、局所かつ持続的な薬物放出を実現し、投薬頻度の低減、薬の副作用の抑制、患者の治療継続率の向上を目指した技術を開発しました。
まず、ミノキシジルを封入したPLGAマイクロスフェアを単乳化法で調製し、BMFの3Dプリンター microArch S140(光学解像度:10µm) で製作したマスターモールドを反転させてPDMS型を作製しました。その後、真空注入法と遠心充填法で、薬剤を含むマイクロスフェアを水溶性PVAマイクロニードルの先端に充填しました。パッチが皮膚を穿刺すると、皮下組織液と接触したPVAマイクロニードルが速やかに溶解し、PLGAマイクロスフェアが皮膚内に入り、薬剤が2週間以上持続的に放出されます。
また、AGA(男性型脱毛症)をモデルとしたマウスの毛髪再生評価では、雄マウスの背部に局所的に0.4%テストステロン溶液を42日間塗布して脱毛処理を行い、5つのグループにランダムに分け、それぞれに以下の処理を施しました:①無処置、②毎月1回の空白マイクロニードル処置、③5%MXD溶液の毎日塗布、④毎週1回のMXDマイクロニードルパッチ処置、⑤毎月1回のMXDマイクロニードルパッチ処置です。42日後、無処置のマウスに毛髪の成長は見られませんでしたが、毎月1回の空白マイクロニードルパッチは皮膚に機械的な刺激を与え、細い毛が生えました。一方、5%MXD溶液の毎日塗布群およびMXDマイクロニードルパッチを毎月または毎週1回使用したマウス群では、35日目に皮膚に毛髪再生が見られました。毛包の長さと真皮層の厚さに対する3つの治療法の効果を比較すると、毎週1回のMXDマイクロニードルパッチによる治療が他の2つの方法よりも顕著な効果を示しました。
市販されている毎日使用が必要なミノキシジル(MXD)溶液に比べ、長時間作用型のMXDマイクロニードルパッチは投与量がはるかに少なく、月1回または週1回の投与のみで、AGAマウスにおいて同等またはそれ以上の発毛効果が確認されました。この新しい水溶性ミノキシジルマイクロニードルパッチは、投薬頻度を減らすだけでなく、持続的な薬剤放出を可能にし、毎日塗布するMXD溶液に匹敵する、あるいはそれ以上の治療効果を達成しました。これにより、臨床における長期的な脱毛症治療において、簡便で安全かつ効果的な発毛促進手段として有望です。
本研究成果は「Dissolving Microneedle Patch Integrated with Microspheres for Long-Acting Hair Regrowth Therapy」というタイトルで、「ACS Applied Materials and Interfaces」誌に掲載されました。
05 残留農薬検出のための新規マイクロニードルパッチ・表面増強ラマン分光センサー
残留農薬は人間の健康に対する世界的な脅威であり、従来のセンサーでは農産物の表面と内部の残留農薬を同時に検出することが難しい問題がありました。そこで、Chengyong Wangらはマイクロニードル(MN)パッチに基づく新たな表面増強ラマン分光(SERS: Surface-Enhanced Raman Spectroscopy)センサーを提案しました。このセンサーは、マイクロニードルの針先と基部により、農産物の表面と内部の残留農薬を同時に検出することが可能です。このマイクロニードルは、まずBMFの3DプリンターmicroArch S130(光学解像度:2µm)でポジティブモールドを作製し、次にモールドを利用したPDMS型で製造されます。次に、ヒアルロン酸ナトリウム(HA)とポリビニルアルコール(PVA)の混合溶液をPDMS型に流し込み、冷凍と解凍を繰り返すことでポリマーが物理的に架橋され、HA/ハイドロゲルポリマーマイクロニードルが生成されます。最後に、このマイクロニードルをAgナノ粒子懸濁液に浸し、Ag/HA/PVAマイクロニードルパッチベースのSERSセンサーを完成させました。
異なる濃度のチラム(Thiram)とチアベンダゾール(Thiabendazole, TBZ)を用いた検査の結果により、従来の滑らかなマイクロニードルに比べて段差のあるマイクロニードルの表面積の増加がより寄与することが示され、Ag/HA/PVAマイクロニードルパッチSERSセンサーの検出能力を向上させ、茶、ホウレンソウ、トマトの表面および内部におけるチラムおよびチアベンダゾールの残留を検出することが可能となりました。
このAg/HA/PVA微針パッチセンサーは、針先で農産物の内部に刺入して内部の農薬残留を収集し、基部で表面の農薬残留を収集することができるため、検出プロセスは微創的で農産物への損害がありません。このMNパッチ型SERSセンサーの技術は、他の植物や動物の安全性や健康モニタリングの分野に幅広く応用が期待されています。
本研究成果は「Novel Microneedle Patch-Based Surface-Enhanced Raman Spectroscopy Sensor for the Detection of Pesticide Residues」というタイトルで、「ACS Applied Materials & Interfaces」に掲載されました。
より多くマイクロニードルの応用に関する詳細を知りたい方は、以下の表にある原文をご覧ください
番号 | 文章テーマ | 原文リンク |
1 | Continuous monitoring of diabetes with an integrated microneedle biosensing device through 3D printing | https://doi.org/10.1038/s41378-021-00302-w |
2 | Flav7 + DOX co-loaded separable microneedle for light-triggered chemo-thermal therapy of superficial tumors | https://doi.org/10.1016/j.cej.2021.131913 |
3 | Multimicrochannel Microneedle Microporation Platform for Enhanced Intracellular Drug Delivery | https://doi.org/10.1002/adfm.202109187 |
4 | Design and fabrication of r-hirudin loaded dissolving microneedle patch for minimally invasive and long-term treatment of thromboembolic disease | https://doi.org/10.1016/j.ajps.2022.02.005 |
5 | Down-Regulating Scar Formation by Microneedles Directly via a Mechanical Communication Pathway | https://doi.org/10.1021/acsnano.1c11016 |
6 | 3D-Printed Integrated Ultrasonic Microneedle Array for Rapid Transdermal Drug Delivery | https://doi.org/10.1021/acs.molpharmaceut.2c00466 |
7 | Microneedle Array Encapsulated with Programmed DNA Hydrogels for Rapidly Sampling and Sensitively Sensing of Specific MicroRNA in Dermal Interstitial Fluid | https://doi.org/10.1021/acsnano.2c06261 |
8 | Dissolvable Self-locking Microneedle Patches Integrated with Immunomodulators for Cancer Immunotherapy | https://doi.org/10.1002/adma.202209966 |
9 | Multidrug dissolvable microneedle patch for the treatment of recurrent oral ulcer | https://doi.org/10.1007/s42242-022-00221-3 |
10 | Novel Microneedle Patch-Based Surface-Enhanced Raman Spectroscopy Sensor for the Detection of Pesticide Residues | https://doi.org/10.1021/acsami.2c17954 |
11 | State of the Art in Constructing Gas-Propelled Dissolving Microneedles for Significantly Enhanced Drug-Loading and Delivery Efficiency | https://doi.org/10.3390/pharmaceutics15041059 |
12 | Customized flexible hollow microneedles for psoriasis treatment with reduced-dose drug |
https://doi.org/10.1002/btm2.10530 |
13 | Adoptive Treg therapy with metabolic intervention via perforated microneedles ameliorates psoriasis syndrome | https://www.science.org/doi/10.1126/sciadv.adg6007 |
14 | Aspirin microcrystals deposited on highdensity microneedle tips for the preparation of soluble polymer microneedles | https://doi.org/10.1007/s13346-023-01343-6 |
15 | Microneedle array facilitates hepatic sinusoid construction in a large-scale liver-acinus-chip microsystem | https://doi.org/10.1038/s41378-023-00544-w |
16 | Multifunctional MOF-Based Microneedle Patch With Synergistic Chemo-Photodynamic Antibacterial Effect and Sustained Release of Growth Factor for Chronic Wound Healing | https://doi.org/10.1002/adhm.202300250 |
17 | Blue-ringed octopus-inspired microneedle patch for robust tissue surface adhesion and active injection drug delivery |
https://doi.org/10.1126/sciadv.adh2213 |
18 | Dissolving Microneedle Patch Integrated with Microspheres for Long-Acting Hair Regrowth Therapy | https://doi.org/10.1021/acsami.2c22814 |
19 | Tumbler-Inspired Microneedle Containing Robots: Achieving Rapid Self-Orientation and Peristalsis-Resistant Adhesion for Colonic Administration | https://doi.org/10.1002/adfm.202304276 |
20 | Regulating Size and Charge of Liposomes in Microneedles to Enhance Intracellular Drug Delivery Efficiency in Skin for Psoriasis Therapy | https://doi.org/10.1002/adhm.202302314 |
21 | On-demand transdermal drug delivery platform based on wearable acoustic microneedle array | https://doi.org/10.1016/j.cej.2023.147124 |
22 | Coral-Inspired Hollow Microneedle Patch with Smart Sensor Therapy for Wound Infection | https://doi.org/10.1002/adfm.202314071 |
23 | Machine learning enabled microneedle-based colorimetric pH sensing patch for wound health monitoring and meat spoilage detection | https://doi.org/10.1016/j.microc.2024.110350 |